「普通」でありたい心理について

どうもこんにちは!

秋田県・東北地方でリトリーブサイコセラピーという心理セラピー(心理療法)を使って、生きづらさや家族問題など心の悩みの解決をサポートしている心理セラピスト・中川ひろゆきです。

 

今日は秋田県井川町の日本国花苑に行ってきました。桜は今、どれくらい咲いているかと開花状況を調べずに行ってみたのですが、、、

 

全然咲いてませんでした(T_T)

 

ガーン!! (ノД`)・゜・。

 

開花前の桜の木の写真

 

日本国花苑は、日本各地から集められた桜200種2000本が植樹されている全国的にも貴重な公園なんですね。

桜の開花予想は、開花が5月1日、満開は5月5日になっていますね!

もう一回咲いている時に行ってみよう!と思ったのですが・・・

その頃は心理セラピーのスキルアップのために山梨県で合宿トレーニングしている!!のでした(;^ω^)

 

さてさて今日のテーマは、「普通」でありたい心理についてです。

 

みなさんは、よくこんな言葉を耳にしませんか?

 

「普通だったら~するよね」

「普通だったら~だよね」

 

「普通」になろうとしている人って案外多いと思いませんか?

 

今日は、「普通」という状態に必死になろうとすることで、、、

 

自分を殺しすぎて、毎日が苦しい

 

自分を責めてしまい、毎日がしんどい

 

という人に向けて、何が自分をそうさせているのかについて書いていきます。

 

泣きながら走っている人の画像

 

何故そんなに「普通」にこだわるのでしょうか?

 

僕は、この「普通」という言葉は

「他人の目」という言葉に置き換えることができると思うんですね。

 

必死に「普通」になろうとしてしまう人には、

大きすぎる「他人の目」があると思うんです。

他人の目の画像

(パッチリお目目ですね)

 

人間は誰しも

 

「他人の目」が自分の中にある

 

と思います。

 

この「他人の目」が自分の中にあることは、

自分の言動を客観視できるという意味で、

社会生活を送っていくうえでは大切なことだと思うのですが、

 

必要以上に、自分の中にある

 

「他人の目」が大きくなりすぎると、

 

苦しくなる、しんどくなる

 

と思うんです。

 

こうした状況では、

 

「他人の目」に自分が支配されている

 

状態になっていて、

 

「他人の目」 「自分はこうしたい」

              (他人軸)

 

という状態になっている。

 

さらに、もっと「他人の目」が大きくなると、

 

「自分はこうしたい」がなくなって、

 

自分のやりたいが分からない

自分の好きが分からない

自分の人生が何なのか分からない

 

という状態になると思うんです。

 

そして、

 

なんとか「他人の目」を気にして、「普通」であろうとがんばっているものの、

 

何だか苦しい

何かモヤモヤする

得体のしれない空虚感がある

 

という感覚になっている。

 

ではでは、

この「他人の目」「普通」の正体は何なのか?

 

僕は、

 

「他人の目」は、

 

 親の目

 

なのだと思います。

 

両親の画像

 

「親の目」を自分の中に置いている。

 

子どもから大人に成長していくなかで、

もともとの「親の目」に、

「いろんな人の目」をくっ付けて、

「他人の目」をつくっている。

 

もともとは「親の目」だと思うんです。

 

この「親の目」を自分の中に取り込むことは、

子どもにとっては自分を危険から守るうえで

大切な機能だと思うのですが。。。

 

幼少期の家族関係の中で、

 

親からありのままの自分を認めてもらえなかったり、

 

あるいは、

 

かわいそうな親(フリをしている場合あり、無意識で。。)の面倒を見ていたり、

 

不仲の両親の間に入ってバランスを取っていたり、

 

などという状況であれば、

 

小さい子どもは自分の命を守るために、

「自分の目」ではなく、

「親の目」ばかりを大きくしていく。

 

つまり、

 

「自分の目」を持つことに対しての恐怖

 

を持つんですね。

 

「自分の目」を持つことに対する恐怖があって、

「普通」になろうとしすぎて苦しくなっている人には、

心理セラピーがお役に立てると思います!

 

モニター募集準備中です!!

 

ではではまた~(‘◇’)ゞ