できたら、愛されたら、認められたら自分には価値があります

どうもこんにちは!

リトリーブサイコセラピーという心理セラピーで心の悩みや問題の解決をしている秋田の心理セラピスト・なかちゃん です。

 

今日はのどの痛みのため、

3日連続でうどんを食べました。

麺類は毎日食べてもオッケーなんです(^_^)

 

蓮の花の写真

 

さてさて、今日の話題は、

「できたら、愛されたら、認められたら私には価値があります」という話です。

 

みなさんは、「失敗したり」「失恋したり」「思うような評価をもらえなかった」時に、

 

あ~、自分には価値がない、

無価値な人間だ~~

 

と落ち込んで、

とても嫌な感情や感覚を感じたことはありませんか?

 

落ち込む人のイラスト

 

この

「自分には価値がない」

「自分は無価値な人間だ」

という言葉の中の

 

「価値」って何のことなのでしょうね?

 

僕は、

こういう場面で使っている「価値」とは、

 

自分が「生きていていい」という感覚

 

のことだと思います。

 

だとすれば、

 

できなかったら、

愛されなかったら、

認められなかったら、

 

価値がない

  

「生きていてはいけない」という感覚になる

 

ということになりますね(+o+)

 

これはとても苦しい感覚なので、

これを感じないように、

 

できるようにがんばる

愛されるようにがんばる

認められるようにがんばる

 

あるいは、

 

「自分には価値がない」という感覚を感じそうな場面を避けながら生きていく。

例えば、

・できることしかしない、挑戦しない

・自分から愛を求めない、恋愛しない

・何事にも冷めた態度でいる、人と距離を取る

など。

 

これでは苦しかったり、自分が本当に満足する人生ではないと思いますが、みなさんはどう思いますか?

 

では、

どうしたらラクに生きられるのでしょうか?

それは、

 

「できたら」

「愛されたら」

「認められたら」

 

という、自分の「価値」にくっついた

条件をはずせばラクになりますよね。

 

条件なしで、

自分には価値がある

   =

「生きていてもいい」という感覚がある

 

という状態になれれば、とてもラクになれますよね。

 

オッケーをする人のイラスト

 

この自分の「価値」にくっついている条件は、幼少期の家族関係(親との関係)の中で出来上がります。

 

その条件を今も持ち続けているということなんですね。

 

苦しい条件を今も持ち続けているということは、そうしていることで得ているメリットがあるからですね。

 

それは、

 

・見捨てられる

・孤独になる

・居場所がなくなる

・家族が崩壊してしまう

 

という幼少期に感じた恐怖を感じなくていいというメリットですね。

※幼少期の恐怖であっても、その恐怖を解放して癒さない限り、自分の中に残り続けていきます。

 

リトリーブサイコセラピーでは、あなたの幼少期の家族関係にさかのぼり、生きづらさをつくり出している恐怖がどこから来ているのかを特定し、恐怖を安心感に変えていきます。

 

自分の中に安心感が育てば、生きづらさは少しずつ減っていきますね!

 

ご興味のある方は、ぜひどうぞ!!

 

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